日本最北端の稚内市宗谷岬からオホーツク海側を30~40km南下したところに位置する猿払村。広大な猿払原野に沼や湿原、川が入り交じり、手つかずの自然が迎えてくれます。猿払原野を流れる川は、宗谷丘陵を水源に、猿払川など6河川。上流部まで高低差が少なく、おだやかな流れが曲がりくねりながら進み、オホーツク海に注ぎます。その中で猿払川、知来別川、猿滑川、鬼志別川の4河川にイトウが生息しています。
猿払川には北海道の中でも最も数多くイトウが生息し、個体数が安定している数少ない河川です。猿払川は湿原をゆっくりと流れ、下流域の川底が深い場所では水中はほとんど見えません。スケールが大きく、力強さを感じさせるその流れは、幻の魚イトウが潜むには迫力十分。ポロ沼をはじめ水系のほとんどの沼は猿払川につながっていて、イトウが生息しています。
猿払は沿岸部と内陸部の高低差が少なく、猿払川は流速がおだやかなため、ダムなどの大規模な構造物は作られてきませんでした。そのため猿払川は湿原や沼を含めかつての姿をそのまま残し、豊かな動植物とともに現在に至っています。さらに、猿払は森林にとって気象条件が厳しく、過度な伐採をしてしまうと樹木を更新させるためには多くの時間と労力がかかります。それゆえに、猿払川流域の広大な部分を占める王子製紙社有林では、間伐や択伐といった抜き伐り以外、30年以上大規模な伐採はおこなっていません。
また王子製紙が森林認証を取得するなど、生物多様性に配慮した施業を行ってきたことも、猿払に自然が残されている理由のひとつとなっています。
猿払川が過去20年近く、イトウの個体数がほとんど減少していないのには、いくつかの理由があります。まず第1に、流域の多くが森に覆われていること。とくにイトウの産卵場所となる上流域は、大径木の河畔林が自然なまま多く残され、イトウの産卵、稚魚の生育に良好な環境が維持されています。第2の理由は、イトウの生息に適した湿原、原野をゆったりと蛇行しながら流れる河川が、中下流に維持されていること。河川構造物が他の水系に比べて少ないことも大きなポイントでしょう。そして第3の理由として、下流で小魚が生息するポロ沼やモウケウニ沼などいくつかの海跡湖とつながり、イトウにエサ場や洪水時などの避難場所を提供していることです。こうした環境をそのまま残していくことは、イトウの保護にとってとても大切なことです。